和田雄二調教師が東京スポーツ杯2歳Sに登録している、
マイネルエパティカについて。
和田雄二調教師は、鹿児島県の鹿屋市に生まれて、
県立の鹿屋農業高校を1988年に卒業してから、
日本大学の農獣医学部畜産学科に進んで、1992年に卒業しています。
それから、1994年に競馬学校の厩務員課程に入って、
次の年の4月から、保田隆芳さんの厩舎で厩務員になりました。
そして、1995年に吉永正人さんの厩舎に移ると、次の年から調教助手をやって、
2006年の9月に吉永さんが亡くなるまで、そこでずっと経験を積んでいていました。
同じ鹿児島県出身で、乗り役時代に、ミスターシービーで牡馬クラシック三冠を勝つなど、
大きなレースに強かった吉永さんにあこがれて競馬の世界に入った和田調教師は、
念願が叶って吉永さんの厩舎に入れたことを大喜びしていましたし、
その頃から何度も調教師の試験を受けていて、なかなか合格できずいましたけど、
14回目だった2012年にやっと試験に受かっています。
ちなみに、試験に受かった知らせが届いた時には、吉永さんの息子で、
今は小島太厩舎で調教助手をやっている護調教師の家に行って、
師匠の仏前に報告したそうです。
2013年の3月に自分の厩舎を開業した和田調教師は、
初めの年が「4勝・獲得賞金4645万円」という成績でしたけど、
その後は、一昨年が「12勝・獲得賞金1億3281万円」で、
去年が「14勝・獲得賞金2億2789万円」と、順調に数字を伸ばしています。
でも、今年は先週までの成績が「9勝・獲得賞金2億0125万円」と、
少しですが去年のペースを下回っていますので、今の和田調教師は、
「もっとペースを上げたい」と考えているでしょう。
それに和田厩舎は、スマートプラネットを使った2015年のフィリーズレビューの4着が最高で、
まだ重賞を勝てていませんが、彼と同じ時期に厩舎を開業した調教師は、
全部で4人いて、その内、
尾形和幸調教師→2013年の京王杯2歳Sでカラダレジェンドが1着
高橋亮調教師→2014年のCBC賞でトーホウアマポーラが1着
と、2人が重賞を勝っているのですから、今の和田調教師は、
「早く同期と肩を並べたい」と思っている筈です。
ですから、東京スポーツ杯2歳Sに登録しているマイネルエパティカは、
「ここを勝って同期に追い付きたい」と考えて、お釣りを残さずメイチに仕上げるでしょう。
そこで、実際に和田調教師がどう仕上げてくるのかを確認しようと思って、
最終追い切りの様子を確認したところ、
レースでも乗る予定の松岡騎手が南ウッドに入れて、
5Fが70秒1、終いの1Fが13秒3という時計を馬なりで出していました。
時計は地味なものでしたが、調子がいい馬ならではの素軽い動きを見せていましたから、
新馬、未勝利と2度使われたことで状態が上向いていると感じました。
このデキであればいい競馬が期待できそうです。