競馬界におけるエージェントとは

すなわち、「騎乗依頼仲介者」。

馬主や調教師と騎手の間に入り、

騎乗馬を騎手に斡旋する人物を指す。

今や

「リーディングジョッキーを決めるのは

エージェントの腹づもりひとつ」

とまで言われるほど、

エージェントの存在が幅を利かせているのだ。

その概要について、

さるベテランのエージェントが

匿名を条件に説明する。

「エージェントのほとんどは、

競馬専門紙のトラックマンが兼業するか、

あるいは元トラックマン。

理由はそれが最適だからです。

トラックマンの朝の仕事の一つとして、

例えば水曜朝のトレセンでは、

担当厩舎の調教師にまず、

『今週(のレースで)、何(どの馬)を使うのか』

を質問します。

そこで乗り役がまだ決まっていない場合、

調教師から

『誰が空いているか調べてくれよ』

と頼まれることがよくある。

同時に、別の役割も担います。

例えば3歳未勝利戦の

ダート1200メートルだったら、

福島と中山で開催されていた場合、

どちらのメンバーが弱いのか。

あるいは使う馬が逃げ馬なら、

同型の逃げ馬が何頭いるのかなどを探り、

報告を頼まれるのです」

美浦トレセンの場合、

南馬場、北馬場に各社6、7人が

受け持ちの厩舎ごとに散らばっている。

そのトラックマンとしての仕事の延長が

エージェントなのである。

彼らは日々の業務で、

必然的に調教師とのパイプ、

関係が密になる。

だから適任なのだ、と。

エージェントが続ける。

「関西ではほとんどが

『競馬ブック』『競馬ニホン』など

関西系専門紙のトラックマンが担っている。

そうしてシステムは確立し、

ほとんどの騎手はエージェントを抱えています」

この制度が確立したのは06年のことだが、

いち早く導入していたのは岡部幸雄氏

(現JRAアドバイザー)だった。

トレセン関係者が語る。

「岡部さんがJRA非公認ながら

エージェント制を導入したのは、

84年にフリーになった頃。

当時、専門紙『競馬研究』の

名物トラックマン・松沢昭夫と契約を結び、

自分に代わって騎乗依頼を任せました。

早くから海外に出た岡部さんは、

海外ではすでに確立している

エージェント制度を生かして

優秀な成績をあげている騎手を多々見てきたからです」

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昨年、引退した30代の騎手の中には

調教の乗り馬の確保にも行き詰まり、

プライドを捨てて20代前半の

若手騎手の下でバレット

(騎手の馬具を準備するなどの補佐役)の

アルバイトまでしている者もいたという。

ベテラン厩務員が打ち明ける。

「普通は縁戚関係者や大学の乗馬部の生徒が

勉強のためにやる仕事。

若手騎手によると、

『やらせてくれ』と頼まれたそうで、

1日7000円の契約だったそうです。

たぶん年収が500万円を

割り込み始めていたんでしょうね」

こうした騎手は、

先の豪華ランチ騎手とは対照的に

食事も安い大衆居酒屋で割り勘。

稼げない騎手でも

年収500万円前後という現実は、

一般のサラリーマンにとっては

ぜいたくな話だろうが、

騎手の世界ではドン底の格差なのである。

昨年、

1勝もあげられなかった騎手は29名。

うち3名は100回以上の騎乗機会があったが、

23人もの騎手がバタバタと

早期引退を決意した背景には、

厩舎の運営システムの変更があるという。

前出のデスクが解説する。

「一般的に厩舎は20馬房を所有していて、

調教助手と厩務員の10名ほどで2頭ずつ担当し、

その他に攻め専と呼ばれるスタッフがいます。

彼らの給料は最低の1号から

最高の10号までのランクに分かれ、

年齢とともに上がっていくシステム。

担当馬が重賞を勝ったからとか、

能力試験で上がるものではない。

新人は月給20万円ほどで、

10号のベテランなら60万円ほどです。

騎手が調教助手に転向すれば、

その年齢に応じて、

例えば5号からスタートするなど、

それなりの給料をもらえたんですが、

今春から一律に1号スタートになる。

家族もいる30代騎手が

いきなり20万円スタートとなれば、

その前に駆け込み引退して、

まだ変更前のシステムにのっとった

給料を確保しようと‥‥」

昨年、

「負け組騎手」から相談された

ベテランのトラックマンによれば、

「1人は30代妻子持ちで、

『生涯賃金に換算すると

2000万円以上も変わってしまう』

と嘆いていました。

若手騎手時代なら

1年で稼いでいた金額だけに、

複雑な心境ですよね。

ただ、担当馬を持てば、

騎手同様、5%の賞金が入りますからね。

騎手でくすぶり続けるよりも

転身を選ぶほうが賢明な選択だと思いました」

ただ、昨年駆け込み引退した

重賞勝ち経験のある30代騎手は、

「お金だけじゃないんですよね」

と話していたという。

ベテラントラックマンが続ける。

「本音は『何としても(騎手に)しがみつきたい』

でした。

たとえ未勝利戦だろうと、

ウイナーズサークルのお立ち台こそが、

騎手冥利に尽きる瞬間だったそうです」

とはいえ、転身した厩舎が傾く可能性もあり、

競馬界の格差は簡単には解消されそうにないのである。

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昨年の有馬記念の売り上げが

前年比88%と大不振を極めた競馬界。

その翌日には青木芳之騎手(35)が

自宅で自殺を図るという

ショッキングなニュースが流れた。

美浦トレセンは

重苦しい空気に包まれたという。

スポーツ紙レース部記者が話す。

「一説にはうつ状態だったとも言われていますが、

デビュー時の師匠だった藤沢和雄調教師でさえ、

『細かいことはよくわからないんだ』

と困惑してました。何しろ、

青木騎手は数年前から

美浦トレセンのそばに住まず、

神奈川県横浜市に自宅を構えていた。

朝の調教に姿を現すこともめったになく、

昨年4月15日の騎乗が最後で、

その後は休業していましたからね」

95年に藤沢和雄厩舎でデビュー。

通算1831戦で106勝の成績だった。

あまりにも突然の訃報に、

かつての担当トラックマンも

言葉を選ぶようにこう語るのだ。

「デビュー2年目に32勝し

フェアプレー賞を受賞するなど、

将来を嘱望されていました。

上昇志向が強く、

01年にフリーになり、

海外に武者修行に行く一方で、

国内の営業力(騎乗馬の確保)はイマイチだった。

7年ほど前から、出走馬の優先順位

(前走着順や出走間隔など)が見直され、

リーディング上位の騎手が

安定して手綱を取れるシステムになった。

馬主サイドは大歓迎でしたが、

営業下手の青木騎手のようなタイプは

騎乗機会が減っていきました」

さらに、外国人騎手の短期免許取得や

地方の一流ジョッキーの参戦も、

中堅以下クラスの生活を脅かした。

トラックマンが続ける。

「青木騎手は4年ほど前から海外行きも視野に入れ、

現役続行か、あるいは

調教助手に転身するか悩んでいました。

08年には藤沢厩舎の有力馬

カジノドライブのスタッフとして米国遠征し、

調教を任されたりもしていたんです。

一方で、09年には韓国のソウル競馬場へ遠征。

JRA所属騎手が韓国で

短期免許を取得して騎乗するのは初めてでした」

現役か調教助手か─。

この二択の間で葛藤を続けていた

「負け組騎手」は、

何も青木騎手だけではない。

昨年引退したJRA騎手の数からも明らかだ。

スポーツ紙デスクが話す。

「青木騎手の自殺と前後して、

鈴来直人(30)、池崎祐介(24)、

小林慎一郎(31)、野元昭嘉(36)らが

駆け込むように引退を表明するなど、

2012年の引退騎手は23人にも上った。

大半の理由は昨年から

ローカル開催が減ったことと、

今年から厩舎の運営制度上、

給与面で大きな改革が行われるからです」

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